スリランカ動向ニュース
提供:ビコーズインスチチュート株式会社
2010-04-23
【スリランカ動向ニュース】 ビコーズ インスチチュート 2010 4/23
■選挙結果
20日、再選挙となったキャンディ、トリンコマレーの一部投票所の選挙結果が判明し、その結果、全国の議席が確定。
与党連合UPFAは総議席の2/3(150議席)には届かなかったものの、144議席を確保して圧勝。
野党はUNP60議席、タミル政党ITAK(TNA)14議席、DNA7議席という結果に終わった。
今回総選挙では大統領の子息ナマル氏(23)が初当選し、ラージャパクシャ王国の後継の目論みにも道が付けられた。軍刑法違反で逮捕抑留中のフォンセカ元陸軍司令官も自らが率いるDNAで議席を獲得。ボゴラガマ外相やモラゴダ大臣、アシュロフ大臣など大物が落選するという番狂わせもあった。
地元東部バティカロアで国政に初挑戦したタミル政党TMVPは議席を確保することが出来ず、影響力の低下を示す結果となった。
ジャフナ選挙区(キリノッチ含む)ではEPDP党首デワナンダ大臣がトップ当選したものの、議席数ではタミル政党ITAK(TNA)が上回った。
■21日、与党の重鎮ジャヤラトナ氏(79)が首相に就任。
同氏は1970年に政界入りし、重要閣僚を歴任。
また、首相の指名を受けて、大統領実兄のチャマル・ラージャパクシャ氏が議長に就任した。
22日には国会が召集され、軍法刑違反で抑留中のフォンセカ元陸軍司令官も国会に出席。
23日午後には組閣名簿が明らかになる予定である。
■□■□ 解説 □■□■
強い政権の誕生である。前職による2004年の総選挙の結果を引き継ぐ形で、議席数では危うい政治運営を迫られてきた現大統領。
今後、若干の野党の取り込みによって圧倒的多数の確保も可能となった。これまで過半数を確保するために大臣ポストの増席、野党からの鞍替え促進に腐心してきた現政権は、これからは余裕を持って政(まつりごと)にあたることが出来る。
与えられた絶大な権力で、山積みされた課題の解決に大胆に切り込むことができるのか、あるいは矛先を誤り、かつて同国が歩んだ民族分裂の道に再び迷い込むのか、対外強行路線によってより孤立する立場に追い込まれるのか?
2005年の就任以来、垣間見せてきた民族主義的傾向。今後の安定期にどのような変化を見せるかが注目される。
救世主か独裁者か。安定多数という追い風を受け、針路に危うさをはらみながら、第2次ラージャパクシャ船団が出航する。
■選挙後の注目点はいくつかある。
1.圧倒的多数をターゲットと公言したにも関わらず、それによって「何」がしたいのかがいまだに明らかではない。有権者は白紙委任状を提供した形だ
2/3を狙ったのは、無論、憲法改正が視野にある。
真っ先に考えられるのは、州政府制度を謳った第13次改正憲法の「整理」だ。警察権、土地管理権を排除するとともに、中央の実質的なコントロール余地を増やした姿で分権制度を書き改める可能性がある。そもそもUNP政権時代にインド政府から押しつけられた州制度については連立与党内でも異論がある。様々な形での「整理」が検討されるだろう。
選挙制度も、小規模政党には厳しい小選挙区制に移行させる可能性がある。今回の選挙結果を小選挙区制でシミュレートした場合、JVP、DNAはほぼ全滅、UNPも議席を半数以下に減らすことになる。
大統領の3選を制限している現行憲法の修正も想定される。一時は大統領制廃止や象徴的存在への移行も口にした現大統領だが、終身大統領制を廃止した例(トルクメニスタン)はあっても、現職大統領が大統領制を廃止した国はない。一度「翼」を得た者が、自らそれをもぎ取るとは考えにくい。これまでの意向を翻して再選が許される終身制に変更する可能性は否定できない。
2.経済立て直しは喫緊の課題である。
過剰債務と大盤振る舞い財政。経済の立て直しにはだかる政府の古い体質がある。
4月5日の中央銀行の発表によれば、2009年度の経済成長率は目標の6.5%を大きく下回る3.5%。今後3年の目標率7.5%の達成も危ぶまれる。
「650億ルピー」。3月下旬の選挙運動のさなか、農業大臣が高らかに数字を公表した。1年間に農薬の補助金として支出されている金額。50キロの農薬を農家は約350円で購入することが出来る。それは政府の購入価格の約1/20。
2009年度の暫定報告によれば、国家の歳入は7千270億ルピー。先の数字は歳入の9%に相当する。
農業大臣の数字に若干の誇張があることは勘定に入れなければならないが、農薬補助金の話は一例に過ぎない。
国際通貨基金(IMF)のスリランカに対する19億ドルの緊急支援融資は、2009年の財政赤字を7%に削減することを条件とした。実際には9.8%と体質改善には至らず、紛争終了後も新規武器購入、25万人の兵士の雇用と軍事予算の支出も続く。
先延ばしした2010年度予算編成が間もなく始まる。税制の抜本的な変更による歳入改善、ムダの削減による財政改善ができるかどうか、今後の政策の妥当性が問われている。
3.近親者らで固めた「独裁政権」という批判をどのようにかわしていくのか。政府の機構を無視した一族の強大な発言力。一次官にすぎないゴタバヤ防衛次官(大統領実弟)の政治、行政統制機構への強い影響力をどのようにコントロールしていくのか、も注目される。
4.3月上旬、中国が北部復興のために34台の建設重機を提供した。しかし、実際の優先目的は北部の内陸に建設される兵士用の住宅建設のためだと指摘されている。中国はこの住宅建設のための資金も提供する。
このほか、中国からの支援は目白押しだ。2007年に建設が始まったハンバントータ港。近代的設備を備えた第2の港を目指す15年計画(全予算10億ドル)。2010年までの第1次工事予算3.6億ドルの85%を中国がローンで支援した。
同じくハンバントータでは2011年の開港を目指す国際空港の建設も進む。2億ドルの建設予算は中国輸出入銀行がソフトローンを提供。
コロンボー国際空港間高速道路(2.5億ドル)、鉄道改修事業(1億ドル)、プッタラムの900MW規模石炭火力発電所(8.5億ドル)。通信衛星の打ち上げ支援も検討されている。
中国との交易は過去5年間で倍増して11億ドル。中国は輸入先2位、輸出先13位に浮上した。
西欧諸国と距離感を置き、イラン、中国などとの関係強化に移行した対外路線。地政学的な立ち位置をどのように変えていくのかも注目点である。
■「我らが政権は市民の信任を得た。国際社会は現政権に敬意を払うべきだろう」。選挙後、与党幹部は高揚して国際社会に注文を付けた。
しかし、選挙結果は別の視点からも見ることが出来る。
同国においてシンハラ民族が7割以上の多数派である限り、多数民族の優位性を暗示すればするほど票が稼げるという基本構造がある。同大統領はこの民族主義において点を稼いできた経緯がある。
大統領が率いるSLFP(スリランカ自由党)は、政府補助価格、無料の米配給制度などの社会福祉制度によって、失業が蔓延している時代にも民衆の支持を取り付けるポピュリズム政策を採ってきた経緯がある。シンハラ仏教民族主義を強硬に推進し、民族問題を国内紛争に至らしめた「過去」もある。現大統領は同党の文化を踏襲するのだろうか。
北部タミル人居住地域での投票率が20%前後となっていることの意味を、もう少し真剣に考えても良いだろう。
与党に属するタミル政党EPDPデワナンダ党首。ジャフナ選挙区での得票数は約2万8千票でトップ当選を果たした。しかし、同選挙区(キリノッチ含む)の有権者数は 72万人。全体としては、個別の立候補者に対する「信任」ではなく、政治に対する全体的な「不信任」と読む方が正しいだろう。
冒頭の発言をした与党関係者は、国の一部を構成する民族のこのような「メッセージ」をどう読み取ったのだろうか。
■大統領選に引き続き、勝利を収めた総選挙。その背景には、2005年の就任時の公約通り、国内紛争を終結させた現大統領への信頼がある。
同時に、果たせなかった公約もある。
全党派代表者会議(APRC)による分権案の提示、第13次改正憲法による州政府制度の完全実施、第17次改正憲法による憲法評議会の設置といった仕事にはほとんど手が付けられていない。
紛争終結後も「紛争を生み出した民族問題解決」に対する実質的な動きや具体策の提示はなく、今回の選挙期間中もまじめな議論を聞くことは出来なかった。
今回選挙でも、いまだキャンプにとどまっているタミル人国内避難民や、交通手段もままならない北部帰還民のために事前投票や特別投票所の設置も検討されなかった。
権力のサボタージュ。指導者達のビジョナル・リーダーとしての資質・能力に、疑問の余地がつきまとう。
政治家が東奔西走した選挙運動期間中も、北部では避難民や帰還民たちが「今日の暮らし」と闘っていた。
莫大な資金がつぎ込まれたはずの選挙というイベントは、彼らには別の国での出来事に思えたはずである。
2010-02-10
【スリランカ動向ニュース】 ビコーズ インスチチュート 2009 2/10
■■ クォ・ヴァディス(何処へ)? 紛争終結の後に ■■
大統領選を終え、4月には任期満了に伴う総選挙が予定されているスリランカ。
9日には議会が解散され、近く選挙管理委員会によって投票日が決定される。
議員達が今後、選挙活動に明け暮れる一方で、復興プロセスを待ち望んでいる北部の国内避難民の多くはいまだに生活の基盤を得るに至っていない。
紛争終結という歴史的転換点にある同国はどこに向かおうとしているのか、Q&Aで現状の課題を探る。
■Q:フォンセカ氏の身柄拘束に打って出た政府の目論見と今後への影響は?
□A:大統領選挙終了後、ラージャパクシャ陣営は次々にフォンセカ排除の手を打ってきた。
まず、軍の人事を一新して軍内のフォンセカ色を払拭。フォンセカの腹心であった軍幹部を昨年1月の「サンデー・リーダー紙」ラサンタ・ウィクラマトゥンガ氏殺害容疑で逮捕するとともに、フォンセカ陣営の元軍人らをクーデター謀議、大統領暗殺計画に関わったとして根こそぎ逮捕した。
公務員でフォンセカ候補を支持していた者には退職を勧告、与党非難を繰り返した新聞社幹部の逮捕やサイトを閉鎖するなど、「魔女狩り」の様相を見せつけた。
フォンセカ氏の逮捕容疑は、軍在職中に政治活動を行ったという説明だが、今後の取り調べで国家安全保障への脅威というよりセンセーショナルな部分が強調され、国際社会からの雑音もシャットアウトするだろう。
逮捕当日にフォンセカ氏が「国際司法の場に戦争犯罪の材料を提出する」と語っていたことが当局を刺激したことも間違いないが、身柄の拘束自体は現状の動きから十分予想された事態だ。
良識派が沈黙せざるを得ない現状ではこのような傾向は続き、国際社会から非民主主義国家というレッテルが貼られることで、中国、イランといった近年の友好国との同盟関係を強める結果に繋がるといった影響が考えられる。
2005年の大統領選の票には遠く及ばず期待はずれに終わった野党側。それでもフォンセカが救世主であったことは事実。来る総選挙でもフォンセカを看板にしようとしていた野党側は戦略の再検討が必要になった。今回の「強攻策」は与党支持者にもショッキングな印象を与えたことから、同情票を呼び込む作戦も考えるだろう。
■Q:先の大統領選挙では現職が圧勝した。下馬評では接戦とも伝えられていた。野党側は不正があったと指摘。真相は?
□A:今回の現職の当選は、過去の大統領選挙にはない大差での圧勝、歴史的勝利だ。当事者でなくとも疑いたくなるのも無理はない。しかし、不正があったという事実は明らかにされていない。
選挙運動中のメディアによる現職の突出した露出度が「圧勝」という結果に影響したことは確かだろう。選挙管理委員長が選挙結果を発表する際、政府系報道機関の露骨なまでの報道姿勢に対して、苦々しく「不適切な状態」だったする異例の発言を行った。
しかし、現職圧勝の背景には、LTTEを制圧、紛争終結に導いたことへの賞賛があり、「終戦後」の平和と繁栄への期待という民意があると受け止めるべきではないか。農村での支持が高かったことからも、彼らの生活感に根ざした思いをくみ取るべきだろう。
野党側が指摘する「不正行為」の主張のいくつかを並べておくと以下のとおり。
・選挙当日と翌日、国営放送のオペレーターは強制的に休暇となり、大統領官邸からテレビ局OBを乗せた小型バスが乗り込んできた。
・通常なら選挙管理委員長からメディアに送られてくる選挙結果報告書のカーボン・コピーが、単なるコンピューター印字に変わっていた。(現在でも公表されていない)
・通例では遅くとも深夜2時には開票結果が公表される不在者投票の結果が遅れて発表された。
・いくつかの県(選挙区)の投票率は、各県事務所が発表した数字よりも大きくふくらんでいる。
・選挙結果公表前、大統領顧問で実弟のバシル・ラージャパクシャが選挙管理委員長と膝詰めで長時間の会談をもった。
しかし、現時点ではいずれも情況証拠や憶測の域を出ないものだ。
■Q:総選挙で与党連合UPFAは2/3以上の議席を得ることは出来るのか?
□A:与党の目標は2/3以上の議席獲得だが、1月の大統領選挙の結果は「6:4」。与党側がTNAなどの野党の切り崩しに成功したとしても2/3の議席を確保することはそう容易ではない。
大統領選に敗れ、フォンセカを「奪われた」野党側は危機感を強め、一致団結するだろう。
大統領選挙では現職 vs フォンセカという選択を強いられて低投票率におわった北部タミル人地域や、フォンセカには「No」であった野党UNP支持者も、地元議員まで否定するとは考えにくい。
一方、ラージャパクシャファミリーの専制状態に懸念を持つ与党議員達もいる。与党内には、ラージャパクシャファミリーの有力者とほぼそれに等しく閣僚ポストにいる者(第1グループ)。寄らば大樹の陰、ラージャパクシャファミリーの庇護に与りたい取り巻き連中(第2グループ)。そして、野党からの離党などによって優遇されてきた者(第3グループ)がいる。
第3のグループはUPFAが圧勝することによって自動的に第2グループに近づいてくる。「彼らを必要とする」与党で有り続けてもらうためには、不安定要因は歓迎であるし、感覚的に専制政治を避けたいと感じる向きもあるだろう。自身の議席は死守しつつも、全体としての議席確保にそれほど懸命にはならないグループである。彼らはこれからも力のバランスに目配りを怠らないだろう。
大統領選挙にも増して圧倒的な選挙キャンペーンを繰り広げることが考えられるが、手段を選ばない乱暴な手法が展開されれば、現政権のガバナンスの一層の悪化を指摘されることになるだろう。
■Q:何が現状の課題か?
□A:政党間闘争、報道弾圧、人権侵害、全てのことが今に始まったわけではない。しかし、近年の右傾化、独裁政権化は急激で危険な動きだ。対する野党も民族問題解決のための具体的な提案を怠り、単なる生き延び作戦に没頭していることが問題だ。
与野党双方の指導者達の感受性の質が落ちているという印象がぬぐえない。
長きにわたったLTTEの存在は、ともすれば多数民族シンハラの独裁傾向に陥りがちな政府に一定のバランス感覚を与えていた。内外にLTTEをテロ集団だと認めさせるためにも、自身を律する必要があった。このバランスがくずれ、「空白」が生まれている。
その「空白」の中で、特定の政治家ファミリーが国政を牛耳っているという事実、かつては良識派と見られていた政治家達もその勢力に加担し、歯止めとなる勢力がないことが国のリスクになっている。
かつてはスリランカにも多くの尊敬すべき政治家がいた。例えば、スリランカの独立から70年代まで連邦党を率いて活躍したタミル人政治家チェルバナーヤガム。少数民族のためにシンハラ勢力と粘り強く渡り合った。非暴力主義にのっとって行われた彼の闘争は、やがて武力による解決を掲げたタミル武装グループの活動に取って代わられることとなった。
その後もシンハラ、タミル、ムスリムの有望な政治家達が暴力によって命を落としていく過程で、解決手段としてのさまざまな形の「暴力」が政治や社会の中に組み込まれていった。そしてその傾向は近年より強くなっている。
クォ・ヴァディス(何処へ)?
紛争終結の後に、スリランカはどこに向かおうとしているのか?
大統領と元軍司令官の政治的ドラマ。その背景にある「国の行方」に注目する必要がある。
2010-02-09
【スリランカ動向ニュース】 ビコーズ インスチチュート 2009 2/9 速報
■8日夜、当局は、先の大統領選挙で現職の対立候補として出馬したサラット・フォンセカ元陸軍司令官を逮捕。
野党関係者らと会談中であったフォンセカ氏の自宅周辺は一時100名近い兵士に包囲され、逮捕は軍警察(MP)によって執行されたことから、軍法会議にかけられる公算が高い。
同日、同氏は「戦争犯罪の証拠を国際裁判所に提出する用意がある」と述べ、「戦争犯罪に関わった者は国際的に裁かれる必要がある」などと発言し、BBCなどが発言内容を報道していた。
政権側は、フォンセカ一派がクーデターの実行の計画や、大統領の暗殺を目論んでいたとして法的手段に訴えることを示唆していた。
フォンセカ氏は1月の大統領選に敗れた後、4月に行われる予定の総選挙に野党候補として出馬する予定であった。
(2/8 各種報道)
2010-01-27
【スリランカ動向ニュース】 ビコーズ インスチチュート 2010 1/27
□■□■ 大統領選挙実施される □■□■
■26日、予定通り大統領選挙が実施され、現地時間で27日午前中には大勢が判明する予定。
対抗グループの抗争や銃撃、爆弾、暴行事件などで5名が死亡、800名が重軽傷を負った選挙運動期間中に続き、選挙当日もマイナーな事件が発生したが、投票は比較的平穏に行われ、順調に開票作業が行われる模様。
すでに開票が行われた期日前投票では、現職:フォンセカ=6:4と野党側が水をあけられた。
結果については、本「動向ニュース」でも速報する。
■選挙当日未明、北部ジャフナでは与党選挙事務所などに対する複数の爆弾事件や、砲撃音がするなどの事件が発生。ワウニアでも手榴弾が爆発する事件があった。
また、北部のキャンプに収容されている国内避難民のために用意されるはずであった投票所までの輸送手段が、実際にはほとんど手配されないといった混乱も起きた。
監視活動を行った市民団体によれば、北部、東部を中心に100件以上の事件が発生した他、一部「組織的な妨害」があったが、いずれも大きな混乱には至らなかった。
しかし、午後になっても北部地域での投票率は低迷。当局や市民団体によれば、最終的な投票率は北部で20〜30%、東部地域は50〜60%にとどまる見込みで、北東部を除く全体の投票率は前回2005年の74%を上回るとの見通し。
■ラージャパクシャ大統領は南部州の地元ハンバントータで投票を終え、「全国民が参加できる今回の選挙は記念すべき勝利となるだろう」と述べて、当選に自信を見せた。
■一方、間際にクマラトゥンガ前大統領の支持も取り付けたフォンセカ候補だが、選挙運動期間中に国営放送が98.5%という露出度で現職の映像を流し続けた中、現職を上回る票を確保できるかどうかについては依然として厳しい見方がある。
選挙当日にも、フォンセカ陣営の国会議員が一時当局に拘束された他、自身が登録手続きの不備によって投票権を持たないことについて、与党側が「被選挙権もない」と非難するなど、権力側の各種攻勢に終始悩まされた。
■ ■ 期日前投票 および一部の開票結果 ■ ■
(1月27日 09:00 JST 現在)
ラージャパクシャ候補(現職) フォンセカ候補
411,525(60.7%) 258,957(38.2%)
【スリランカ動向ニュース】 ビコーズ インスチチュート 2010 1/27 速報1
□■□■ 大統領選挙 開票結果 □■□■
(1月27日 12:00 JST 現在)
ラージャパクシャ候補(現職) フォンセカ候補
1,514,944(59.6%) 983,022(38.7%)
■現在、開票率は約25%。
コロンボ、クルネーガラ、ケゴール選挙区など都市部の開票結果がまた明らかになっていない。
約半数の開票がすんでいるマータラ、アヌラダプラ、バドゥッラ選挙区では軒並み現職がリード。しかし、キャンディ選挙区でほぼ拮抗している。
コロンボ選挙区は唯一開票が終了したデヒワラ区で、フォンセカ候補が55%の得票率でリード。
ジャフナ選挙区では開票された3区のうち、2区でフォンセカ候補が大きくリードしたものの、投票率の低さが響いて全体得票率への影響は小さいとみられる。
■一部報道は、防衛次官が「大勢判明時点でフォンセカ候補を拘束する」よう命じたと伝えた。
与党、政府はフォンセカ候補が投票権なく立候補したことを理由に法的措置をとるとしており、今後のフォンセカ氏の政治影響力を低下させるために、なんらかの工作を仕掛けると見られている。
フォンセカ氏が滞在する「シナモンレイクサイドホテル(旧トランスアジアホテル)」周辺を、武装兵士100名が取り囲んでいるとの情報もある。
【スリランカ動向ニュース】 ビコーズ インスチチュート 2010 1/27 速報2
□■□■ 大統領選挙 開票結果 □■□■
(1月27日 14:30 JST 現在)
ラージャパクシャ候補(現職) フォンセカ候補
3,387,605(60.4%) 2,123,815(37.8%)
■開票率 約55%。
クルネーガラ、ガンパハ選挙区など都市部の開票結果も徐々に発表され、現職優位で推移。
■すでに県内の開票を全て終えた3県の結果は以下のとおり。
県名 現職候補 フォンセカ候補
・ゴール 63.7% 34.8%
・アヌラーダプラ 66.3% 31.9%
・ハンバントータ 67.2% 31.2%
コロンボ選挙区でも、1/3で開票を終えてフォンセカ氏が53%とリード。同県は前回2005年選挙で野党UNP候補が3万5千票リードしたが、今回選挙ではすでにトータルで100万票の差がついており、現職の当選は確実。
ラージャパクシャ陣営の一部は早々と勝利宣言を行った。
■現地情報によると、引き続きフォンセカ氏が滞在する「シナモンレイクサイドホテル(旧トランスアジアホテル)」周辺を政府軍兵士が取り囲んでいる模様。
軍関係者は「ホテルに滞在している数百名の野党スタッフに武装集団がいる」という理由で兵士を配備していると説明している。
★現職の当選が確実になったことから、本「動向ニュース」の速報も終了する。
2010-01-21
【スリランカ動向ニュース】 ビコーズ インスチチュート 2010 1/21
■□■□■□ 解説 大統領選挙 ■□■□■□
投票まで1週間と迫った大統領選。「現職の再選間違いなし」という当初の予想を裏切り、終盤戦で「激戦」の様相を呈してきた。
■2つの調査結果
1月上旬に全国10,225人を対象に実施された某国専門機関の調査。北部、東部をのぞく7州全域で現職がリードし、その差は12ポイントと伝えられた。
フォンセカ野党候補がタミル人支持を集めたものの女性票の獲得に苦労している中、現職は農村部の他、中央部のプランテーション地域でも一定の強みを見せ、ムスリム票も集めるだろうと分析された。
一方、ほぼ同じ時期に政府関係機関が秘密裏に実施したとされる予測調査では、予想得票率で、現職48.3%、フォンセカ候補49.4%と挑戦者が僅差ながらリード。与党側が危機感を強めることとなった。インドのメディアはプランテーションのタミル人や全国のムスリムも野党支持が多いと分析した。
統計的には全国的に実施した前者の調査が信頼性が高い。しかし、この1月上旬の「スナップショット」的状況は、必ずしもその後の現実を表していない。
シンハラ票が二つに割れるなか、キャスティングボートとなるタミル票を確保し、勢いを増すフォンセカ陣営に逆転のチャンスがあるのか?
メディアも票読みに苦しんでおり、有権者1,400万人の投票結果という「現実」を待つしかない状況だ。
なお、スリランカでは2大候補の対立となることが多く、これまで有効得票率(50%)に届かず決選投票となったことはない。過去の大統領選における当選者の得票率は以下のとおり。
実施時期 当選者 得票率
1982年10月 ジャヤワルダナ候補 52.91%
1988年12月 プレマダーサ候補 50.43%
1994年11月 クマラトゥンガ候補 62.28%
1999年12月 クマラトゥンガ候補 51.12%
2005年11月 ラージャパクシャ候補 50.29%
■両候補プロフィール
< マヒンダ・ラージャパクシャ >
1945年生まれ 64歳
1970年 最年少で国会議員に初当選
1994年 労働大臣
1997年 漁業水産資源大臣
2002年 野党議員団代表
2004年 クマラトゥンガ前大統領のもとで首相に就任
2005年 第5代大統領に就任
< サラット・フォンセカ >
1950年生まれ 59歳(12月時点)
1970年 陸軍入隊
2005年 陸軍総司令官に就任
2006年 LTTEの自爆テロに遭い重傷を負うが3ヶ月後に復帰
2009年 防衛隊長(Chief of Defense Staff (CDS) )に就任
■「逃げ切り」か「追い上げ」か
現職の当選が確実視されていた今回の大統領選挙。
露出度、地盤、資金力で勝るラージャパクシャ陣営がなぜここまで追い込まれたのか? 内戦終結の立役者としての評価では大統領が上回るものの、フォンセカ側には「挑戦者」の利があり、現職側には「現実」という負債がある。
生活必需品の価格高騰はフォンセカ側にとって有利な「攻撃材料」だ。現職の地元である南部ハンバントータでの国際空港や大型港湾事業の誘致、110 を超す大臣(副大臣)ポストを作り出した王朝政策に市民が不信感を抱き始めているという側面もある。
決して流暢ではないフォンセカ野党候補の演説。それがかえって新鮮なのか。「政治の素人」。現職側が当初フォンセカ陣営を揶揄するために使った表現は、閉塞感を打ち破る未知の力として多くの市民に受けいれられたのかもしれない。
元クリケットナショナルチームキャプテンが早々にフォンセカ支持を表明したほか、東部バティカロア市長、南部マータラ市長が与党からの「寝返り支持」に回って勢いを増すフォンセカ陣営。
タミル政党TNAがフォンセカ支持を表明したことはフォンセカ陣営にとって大きな意味を持った。フォンセカ側は、国家緊急措置法の解除、ジャフナ国際空港(現パラリ空港)の開設、住民の居住区を軍が占拠している高度警戒地域(HSZ)の解除、通常の手続きを経ずに拘束された各種容疑者や拘束者(LTTE兵士含む)の解放などを提示したとも言われている。
■与野党の目論見
今後、死にものぐるいで票の囲い込みを行うであろうラージャパクシャ現職候補。終盤になって盛り上がるフォンセカ側の「勢い」を尻目に逃げ切りたいところ。
しかし、大統領選挙を乗り切っても、「追い上げられた」ダメージは大きい。3月あるいは4月にも実施される総選挙に向けて、景気や雇用対策における目玉が欲しいところだが、新しいタマを用意する時間はない。
大統領選に敗れたフォンセカ候補も野党議員候補として名乗りをあげ、瀕死と見られていた野党連合に手を貸すだろう。
そうなると「大統領選挙での圧勝」という流れを勢いとして、国会での絶対安定多数、あわよくば2/3以上の議席を獲得して圧倒的多数とする当初のシナリオは大きく狂う。
一方、野党側は負けてもともと、勝利を逃しても「僅差」と呼べるまで持っていけば、敗北感よりも、ある種の達成感が生まれ、来る総選挙に好影響を及ぼせる。瀕死状態からの脱出劇の始まり……、となることに期待する。
しかし、万が一フォンセカ候補が当選したとしても、政治手腕はまさしく未知数。政治的基盤もなく、当初はUNPとJVPという相容れない2党の操り人形を演じざるを得ない。その上でどのような改革を実行するのかが疑問視される。
■次期大統領へのメッセージ
フォンセカ候補が陸軍司令官を辞する際に大統領に宛てた書面には以下のようなメッセージが添えられていた。
「小職が率いた軍が「戦闘」において勝利を収めたにもかかわらず、(大統領)閣下の政府は未だ「和平」における勝利を示すに至っていません。タミル人の心を引き寄せる具体的な政策も見あたりません。」
「国民が期待した「紛争終結による果実」は未だ現実のものとなっておりません。市民生活を直撃した経済不振はいたずらに拡大され、不正・汚職が後を絶たないばかりか、報道の自由やその他の民主主義における権利も制限されております。
我々が平和と繁栄に満ちた新たな時代へ導くことが出来れば、犠牲となった多くの兵士達の死がムダに終わることはないはずです。」
的を射た非難が並ぶが、実はフォンセカ候補のマニフェストにも民族問題に対する根本的解決が示されているわけではない。
次期大統領に求められているのは、上記メッセージのように、多民族国家としての国のあり方を見直し、真の改革を行う姿勢である。
メールでの取材に応えてくれた現地の行政官のつぶやきが、選挙後の関心のありかたを示している。「どちらが勝っても、この国は大きな困難を抱えている。」
2009-12-02
【スリランカ動向ニュース】 ビコーズ インスチチュート 2009 12/2
■11月27日 選挙管理委員会が次期大統領選を2010年1月26日に行うと発表。
(各種報道から)
■11月29日 フォンセカ元軍司令官が次期大統領選に立候補することを正式に表明。最大野党UNPとJVP(野党側)による連合体が擁立する形で出馬予定。
(各種報道から)
■12月1日 政府は同日付で北部の避難民キャンプを「開放」状態にし、避難民の自由な移動を保証すると発表。「公約」として内外に示していたもので、政府担当者は「全てのキャンプを2010年1月末までに閉鎖する」予定にも変更はないと述べた。
11月末時点でキャンプ内には約128,000人が抑留されていたとみられるが、1日には約6千人がキャンプを離れた模様。
しかし、避難民のほとんどは「キャンプに残る」か、「キャンプを出ても15日以内にキャンプに戻るよう」指示されているとされ、一般公共交通機関を利用した近隣都市での買い物や親戚の訪問、通院などが可能になっただけで、元居住地への帰還が進んだわけではない。
アムネスティー・インターナショナルは1日付けで「無条件な解放」をスリランカ政府に要求する声明を発表した。
(AP、BBC 12/2)
2009-11-06
【スリランカ動向ニュース】 ビコーズ インスチチュート 2009 11/6
最近のスリランカの動向について報告する。
3回に分けた報告の最終回。
■■ パート3 ■■
【北部避難民】
■国内避難民の解放と帰還を渋っていたスリランカ政府が一転して、「数」のアリバイづくりを始めている。現地UNHCRも10月末までに9万人が帰還し、先週も毎日2千5百人から4千人のペースで避難民が「移送」されているとしている。
11月5日、ボゴラガマ外相は各国外交関係者を前に「11月3日までに約11万人の帰還を実施した」と最新の数字を報告。地雷除去も7割終了し、「公約」どおり来年1月までに避難民の帰還を完了することは可能と述べた。4日には大統領自身が北部ムラティブ県西北部「トゥヌカイ」郡を訪問し、帰還民達を激励したという。
UNHCRなどの資料で、<9月上旬>と<10月29日現在>のワウニアのキャンプ収容者数を比較すると、5万7千人減少しており、帰還が進められていることは事実であろう。
「北の新たな出発(Northern Spring)」とも名付けられたスリランカ政府の北部復興開発は、2エーカーの土地配分を含む農業再開や小規模産業従事者のための職業訓練など手厚い支援策が盛り込まれている。
しかし各地に散らばった大半の帰還者は、当初学校や宗教施設にとどまらざるを得ず、帰還先の住居や日々の食糧提供に加え、保健医療、教育サービスがいつ、どのように提供されるのか「質」の問題が残る。前出のUNHCR担当者は、いまだに国連機関を始め援助機関の動きに対する制限があることも問題として指摘している。
■なにが帰還促進の背景にあるのか。そもそも避難民の「隔離」に意味がなくなってきたこともあるが、最近の欧米諸国の動きが政府の焦りに繋がっている。
10月後半、米国務省は北部紛争地域での政府軍の戦争犯罪を匂わせる情報収集結果を報告書にまとめて議会歳出委員会に提出。続いてEU議会では「国内避難民キャンプや人権問題」に対する非難決議案が採択された。11月4日には米下院で避難民の早期帰還や国際機関のアクセスを促す決議案がほぼ全会一致で採択されるなどした。
また、政府軍兵士によるとみられるタミル人殺害現場のビデオの真偽を検証する作業も国連関係者によって進められている。米国をプライベートで訪問したフォンセカ元軍司令官を米国当局が事情聴取する動きも見せ、政府は神経を逆撫でされた。
しかし、スリランカ政府が最も懸念しているのは、EUの関税譲許特恵「GSPプラス」の延長の可否である。すでに最後通告に近い報告書を突きつけられているものの、現状改善で最悪の事態は回避できると考えている。EUの報告書に対する異議申し立て期限は11月6日。その前日に行われた冒頭のボゴラガマ外相の「演説」は異議申し立て書類の「抜粋」だろう。
<参考資料>
「U.S. Department of State「Report to Congress on Incidents During the Recent Conflict in Sri Lanka」
http://www.state.gov/documents/organization/131025.pdf
【民族和解への道】
紛争終結以来、スリランカの問題は避難民の帰還という「表層」の動きに注目が集まってきた。しかし、より深刻な問題は民族和解という根本的問題解決に向けた政府の意志と計画の不透明さである。
スリランカ政府はこれまで内外に「全党派代表者会議(APRC)によって民族和解への道筋を示す」という説明を繰り返してきた。
だが実際には憲法改正の検討も視野に入れたAPRCは政治のツールどころかアクセサリーに成り下がり、「一歩前進二歩後退」と揶揄されている。
同時に、最終的な結論を出し急ぐことの危険性もある。現在のタミル人政治家は与党に与(くみ)しているか、LTTEの影響下にあったタミル政党であり、タミル人の声を代弁するには適格性が不十分だ。タミル人の声が議論に加わるためには、正当性を持つ代表者が選出されるまでの時間が必要だ。
選挙権、被選挙権、メディアの自由が保証された中での選挙が実施されるかどうか、戦時に名を借りた独裁体制から民主化に移行するプロセスが保証されることが民族和解のための基盤として必要である。
【日本の貢献に対する期待】
■10月28日午後、22名の英国議員が中世風建築のウェストミンスター・ ホールに集まり3時間にわたってディベートを繰り広げた。テーマはスリランカの現状。
議論の中では大多数の議員が「スリランカに対するEUのGSPプラス対象からの除外措置、コモンウェルスからの除外の検討」という提案に賛意を示した。タミル人の有権者もいる英国という事情もあるが、驚かされるのは議員らの正確な現状把握とそれをささえる情報量である。避難民キャンプの状況、地雷除去を理由にしている避難民帰還計画遅延、スリランカ政府高官の言動、中国の対スリランカ支援の状況と影響に対する議論をさまざまな角度から切り込んでみせた。
http://www.theyworkforyou.com/whall/?id=2009-10-28a.101.1&s=speaker%3A10133
■一方、日本の関わり。
「武力による紛争の解決は選択肢ではない」「スリランカ政府は政治的解決にコミットしており軍事的解決は政治的解決を代替するものではない」。
前者は2006年の遠山外務大臣政務官のスリランカ訪問時の外相(サマラウィーラ現野党議員)の発言。後者は2007年のラージャパクシャ大統領訪日の際の福田首相との会談での発言である。
日本の対スリランカ外交は現実が「なし崩し」的に悪化する中で、現状追随で推移してきた。どこかで回復することを期待しながら現実は大きく期待値を逸れた。しかし今までの態度を変えることが出来ない迷い。そして政権が変わった今も、今後のスリランカ支援に対する選択肢さえ示せずにいる。
北部復興開発に大口の支援を求められている日本政府だが、それに対して「避難民キャンプにいる子どもの数を公表せよ」などとスリランカ政府に具体的に迫った形跡すらない。
10月1日、就任後間もない岡田外相を異色の顔合せのグループが訪れた。アーミテージ元国務副長官、ウティーム元モーリシャス大統領ら7名からなる「スリランカ和平に関する国際有識者会議」である。この「非公式グループ」の全体活動は明らかではないが、アーミテージ氏はスリランカ政府が反欧米感情をつのらせていることも背景に、「日本政府にはスリランカ政府と国際社会の架け橋になってほしい」と要望したという。
その後、会合をアレンジした藤田幸久参議院議員ら民主党議員の他、自民党からも逢沢一郎(元外務副大臣)、塩崎恭久(元官房長官)、小池百合子(元防衛大臣)氏らが出席して懇親会が持たれ、その場は盛り上がったかに見えた。
2週間後の10月13日。池口修次(民主)、世耕弘成(自民)氏ら議院運営委員会筆頭理事による超党派議員団がスリランカを訪問し、ボゴラガマ外相と会談した。
翌日の報道では「民主新政権もスリランカ政府の方針を支持」と報じられたが、実は今回の訪問はマレーシア、スリランカ、インドの3カ国を訪問する議会交流の一コマで、一行はなんら特別なメッセージを携えていたわけではなかった。
「優柔不断」「ちぐはぐ感」……。日本政府のニュートラルな影響力に期待する関係者は、スリランカ政府に「利用」されている日本の姿に苛立ちを強めているかもしれない。
「お人好し」外交からの脱却。正確な情報収集、政府中枢の分析に基づく合理的な判断がなされる時代は来るのか。まずは新政権には、これまでの対スリランカ支援が同国の民族融和やガバナンスにどのような影響を与えたのかを総括した上で、今後の支援の方向性を考えることが求められている。
紛争が終結した今、スリランカ政府や支援国に求められているのは過去の流れや現在の政治状況から未来を描くことではなく、将来の「あるべき姿」から出発してやるべき事を考える「バックキャスティング」であろう。
【輝ける一日】
スリランカは懸念材料ばかり……とも見えるが、明るい話題もある。
観光が復調の兆しを見せているのはその一つ。まだ宿泊施設が十分に整ってない東部でも外国人観光客が多く見られるようになった。7つの世界遺産を誇る同国にとって、治安の安定と多様な観光資源の発掘は投資対象としても売り込み材料であるはずだ。
紛争リスクという足枷が外れ、同国の持つポテンシャルが発揮できる時代が訪れている。紛争の終結自体は北部の避難民にとっても、スリランカ全体の人びとにとっても明るいニュースであることに変わりはない。市民にとって毎日が輝ける一日になるこの機会を、スリランカ政府はどのように生かそうとしているのか。
欧米諸国からの圧力に対し「国家主権を犯すな」という主張を繰り返す政府。しかし問題にされているのは構成員である全ての市民の幸福という社会契約に対する責任のあり方だ。
先日最高裁長官を退官したサラット・シルバ氏は「現状の政府の(タミル人に対する)対応は新たな紛争の下地作りに他ならない」と指摘した。
もしも紛争の終結が単なる独裁体制の強化のためのものであったならば、「輝ける一日」のために犠牲になった多くのスリランカ人の貢献は無駄に終わることになる。
2009-10-20
【スリランカ動向ニュース】 ビコーズ インスチチュート 2009 10/20
最近のスリランカの動向について報告する。
予定を変更して3回に分けてお届けする。
■■ パート2 ■■
【ラージャパクシャ王朝と「紛争の勝利者」】
■選挙の季節
「選挙が近い。準備は万端か?」。今月11日、大統領官邸に呼ばれた与党SLFP選挙対策幹部らは大統領から特別訓辞を受けた。
国会議員の任期は来年4月に満了を迎える。大統領の任期は2011年までだが、就任後4年経た本年11月から「前倒し選挙」が可能となる。13日には「大統領選、総選挙を4月前に実施か」という現地ラジオ報道があった。いよいよ「選挙の季節」がやってくる。
大統領選挙を前倒しで行う場合、総選挙前か同時に行う線が濃厚だ。現職の勝利は間違いないが、単に勝つことが目的ではない。野党候補を圧倒する大勝利と、それに続く総選挙での絶対多数、すくなくとも安定多数を、できれば与党SLFP単独で勝ち取る「勢い」が欲しいところである。
独立記念日(2月4日)の盛大な式典。「かつてない平和な正月(4月中旬)が来るのは誰のおかげか?」与党にとって選挙にはもってこいの季節である。
このところ与党幹部や選挙対策関係者が相次いで会合を予定しており、選挙時期の最終的な検討と、選挙キャンペーンに向けた体制作りが始まりつつある。当初は実弟バシル氏が大統領選挙対策委員長の役割に専念するために議員を辞職するという話まであったように、ラージャパクシャ「一族」も熱が入っている。
10月10日に行われた南部州議会選挙。全55議席のうち、38議席を与党連合であるUPFAが獲得。与党SLFPは「圧勝」宣言をしたが、ラージャパクシャ大統領の地元で17議席を野党に奪われたことは、今の政権では許されない事態だ。8月に行われたウバ州議会選挙では、大統領の甥のサシンドラ(サシェンドラとも)氏が85%の票を獲得。今回の結果はやはり物足りなさがある。野党にも「潮の流れが変わった(テッサ・アッタナヤカUNP幹事長)」と突っ込まれる機会を与えた。「油断をするな」と言う冒頭の大統領の訓辞も頷ける。
総選挙対策では、ラージャパクシャ「一族」メンバーを県選挙区のリーダーとして立候補させ、主要地方県での票の確保と政界の一族支配を狙っている。
チャマル・ラージャパクシャ(大統領の長兄) ラトナプラ県選挙区
バシル・ラージャパクシャ(大統領の実弟) ガンパハ県選挙区
ゴタバヤ・ラージャパクシャ(同上) クルネーガラ県選挙区
サシンドラ・ラージャパクシャ(長兄チャマルの長男。現ウバ州主席大臣) モナラーガラ県選挙区
ナオマル・ラージャパクシャ(大統領長男) ハンバントータ県選挙区
このほかにも親族や一族関係者、側近を大量に国会に送り込む予定である。
バシル氏は首相か外相ポストが堅いとみられており、その他の関係者を主要ポストに配置し、ラージャパクシャ強権体制を築くことになるだろう。
かつてはバンダラナヤカ一族による支配があったように、特定一族による政治王朝の誕生はこの国にとって珍しい現象ではない。違うとすればバンダラナヤカ家がいわば「貴族」階級であったのに比べ、ラージャパクシャ一族は地方の中産階級に近い富豪に過ぎない点だが、国民はより親近感を持った。「強者がより強くなる」システムに助けられ、わずか数年で王朝を築くに至った。
■フォンセカ元軍司令
12日に行われたスリランカ軍設立60周年記念行事。この盛大な式典が不思議なことに現地ではほとんど報道されなかった。
当日、「最後のスピーチ」を行ったフォンセカ元軍司令が大統領選に出馬するという疑心と、彼とゴタバヤ防衛次官との確執が噂されている。
紛争を勝利に導いたヒーローを、政府は間を置かずに新設の名誉職に追いやったが、10月にはスポーツ省次官に指名するという電撃人事を発表。元LTTE幹部のカルナが(閣外とはいえ)大臣ポストを与えられていることを考えると明かな「屈辱人事」である。フォンセカ氏は就任を拒否すると見られている。
ラージャパクシャ一族に逆らえば、LTTEとの戦いを勝利に導いた立役者でも居場所が無くなる……。一族支配を揺るがす者に対する徹底的な警戒感は一度手にした権力の座への執着の表れなのか。
■独裁政権と紛争の勝利者
ラージャパクシャ政権がより強化された場合、3つの懸念がある。
「ガバナンス」。紛争中の戦争犯罪、人権問題、メディアの自由をめぐって、スリランカは国際社会から距離を置いた。同時に自浄機能が極端に弱まり、野党が弱体化していることもあって、民主的な政治運営、国会運営が期待できなくなっている。新たな政権はより独裁色を強めるだろう。
「軍事化路線」。経済成長の外的環境に嵐が吹き荒れるなかで、先週には本年度比で20%増の軍事費を承認し、今後兵力を20万から30万に拡大する方針である。スリランカ国の人口は約2000万人。兵士数では英国やイスラエルを上回り、国民の100人に1.5人が軍に従事することになる。紛争終結に至った現在、無用の長物を持ち続けることの意味は何か。
民衆の心は移ろいやすい。内戦の勝利という栄光がいつまでも威光を放つわけではないことはラージャパクシャ一族も承知しているのだろう。メディアの自由の制限、軍事体制の維持・拡大による兵士の雇用不安の解消……、すべてのことに免罪符が与えられる「戦時下体制」の延命によって、人々をつなぎ止めておこうとする目論みなのか。
「経済の立て直し」。同国は、楽観的すぎる歳入見込みと、過剰な支出を伴う予算を立てる傾向が強まっている。借金体質、通貨の過剰発行によるインフラと収支危機も懸念されている。経済再建計画に危うさが伴うなかで、将来的にこのアンバランスな政治体制がなんらかのきっかけで崩れ始めると、結果として国家運営が混沌たる状態に陥る可能性もある。
増え始めた投資も再び冷え込み、それでなくても脆弱な経済成長モデルに負のスパイラルが現れるだろう。
殉職した兵士を含め、市民は戦争の代償をさまざまな形で払い続けてきた。今後も「知る権利」をはじめとする国民の基本的権利を奪われ、不安定な経済環境の中で軍事体制維持を支えることを求められるのであれば、国民は一つの疑問につきあたるだろう。「紛争の勝利は誰のものだったのか」と。
【「GSPプラス」と人権問題】
■EUがスリランカ製品に対する関税譲許特恵である「一般特恵関税制度(GSPプラス)」の延長の可否を検討している。
19日にはEU調査チームによるレポートがスリランカ代表団に手渡され、「スリランカ政府の人権侵害は明らかである」との結論が伝えられた。スリランカ政府は11月6日までに異議申し立てが出来るが、EUは「GSPプラス措置撤回」の方針と言われる。
(注 GSP+:Generalised System of Preference Plus trade scheme)
スリランカ側は外相や商業相を相次いでEUに送り込み、土壇場での逆転に期待をかけていたが、EUとしても同国の人権問題を見逃しては他のGSPの対象16カ国に「示し」がつかないという事情もある。
GSPのような関税特恵は「正常な経済回復努力の機会を奪う」という批判もあるものの、EUの決定が下馬評通りだとすれば、スリランカ経済への影響は小さくない。
■スリランカにとってEUは輸出総額の36%を占めている最大の輸出国(2位は米国で24%)。特に繊維製品は外貨35億ドルを稼ぎ出すまさにドル箱だ。よく知られる「海外出稼ぎ」でも30億ドル、特産品の紅茶にいたっては現在12億ドル規模に過ぎない。
野党UNPは「10万家族が失業するなど、大きな影響を受けるだろう」という試算を発表した。
■同時に、EUが人権問題で「黒いレッテル」を貼ったことによるメッセージは、同国にとってより大きな痛手になるだろう。
紛争終了直後の国連人権委員会では中ロなどの後ろ盾を得て内戦中の戦争犯罪や人権問題についての批判をかわしただけでなく、テロ組織撲滅を賞賛する決議まで取り付けた同国にとって、「関税特恵対象からの除外」という扱いは苦々しい杯に違いない。
(パート3に続く)
2009-10-14
【スリランカ動向ニュース】 ビコーズ インスチチュート 2009 10/14
2回にわたり、内戦終結から5ヶ月が経過したスリランカの動向について報告する。
■■ パート1 ■■
【国内避難民キャンプ】
北部住民の避難民キャンプをめぐり、スリランカ政府への様々な働きかけが強まっている。
避難民キャンプの衛生環境や人権状況が大きく改善されないまま、数週間後にはモンスーン・シーズンが訪れる。
事態を懸念する国連や国際社会に対して、スリランカ政府は雨期対策は整いつつあるとしているが、このままでは大きな被害が予想されると指摘する声もある。
収容されている避難民の一部が暴徒化する動きが出始めるなど、避難民のストレスはすでに限界を超えている。
■国連は相次いで特使を派遣し、スリランカ政府にキャンプの現状改善を迫るとともに、7日には声明を発表。「雨期の前に避難民キャンプを適切な場所に移転させ、移転先での自由な移動を保障すること」を求めた。
紛争終結のドサクサに紛れた「収容所形式」の避難民キャンプ設置に対しては当初から強い懸念を表明していたものの、これまで「緊急人道支援」の必要性に鑑みて支援を続けてきた経緯がある。
このままでは国連の「避難民キャンプ支援の妥当性」が問われかねなず、これ以上の資金提供は困難という懐(ふところ)事情もあるため、この機会に「異常事態」を好転させたいという考えがある。
9月26日の国連総会出席の際にバン事務総長と会談したウィクラマナヤカ首相は「来年1月末までに全ての避難民を帰還させる」ことを確約したが、「実現には地雷除去や再定住に対する国際社会からの支援が必要だ」と述べた。
■10月11日、タミルナドゥ州選出のインド国会議員団がワウニアのキャンプを訪問。
訪問先はいつものようにワウニアのキャンプであったが、訪問のスケジュールはこれまでの各国要人や国連機関関係者の訪問とは様相を異にしていた。
議員10名からなる一行は5時間にわたりキャンプを視察。主要キャンプである「メニック」キャンプのゾーン1から5を訪問し、ゾーン毎に大きく異なると言われる状況をつぶさに観察。通常は撮影が許されない中でカメラを携行し、多くの住民から直接ヒアリングするなど、「インドの政治力があればここまでできるのか」と援助関係者らが驚いた。
大統領関係者からは「2日以内に帰還を開始する予定」というお決まりの言質を引き出しただけであるが、今後の推移を見守りながらインド中央政府にスリランカに対する圧力を強めるよう要請することになるだろう。
■国際通貨基金(IMF)のスリランカに対する19億ドルの緊急支援融資も、「本年末までの7〜8割の避難民の帰還実施」が条件となっており、事態の推移によっては今後の融資が一時停止される可能性もある。
■国連や各国関係者の懸念は以下のように集約できる。
1.スリランカ政府が5月末に示した住民の帰還・再定住計画「180日プラン」によれば、本年末までに8割の避難民の帰還の実施を行うことになっている。民族和解のための具体的施策もそれまでに示すことを「公約」として示してきたが、残すところ2ヶ月半では実現が危ぶまれる。
政府によればこれまでに2万人が帰還したが、人権団体などは、これにはキャンプ内での死者、他のキャンプへの移送が多く含まれていると指摘している。
2.衛生的な水や食料などの提供が十分でなく、トイレ整備や蚊対策などの保健衛生状況が劣悪だとの指摘がある。
3.キャンプ間の移動が許されず、家族の消息についてもほとんど情報がないなど、収容所形式の運営が既成事実化され、改善の兆しもみられないことへの不信感の増大がある。
一方で、元LTTE幹部で紛争終結直前に投降したダヤ・マスターらはすでに保釈金を積んで解放されており、避難民の収容は「LTTE関係者によるテロ活動再開防止のため」という理由に合理性が欠けるという指摘がある。
4.一部では、政治家や政府高官らが高額な手数料をとって収容者の国外脱出を手助けしているとの報道がある。
5.キリノッチ、ムラティブ方面での地雷除去の進捗が思わしくなく、今後も地雷除去の進捗を理由に帰還スケジュールを遅らせる可能性がある。
■「住民帰還、再定住、復興支援」ブループリントの不在
いずれにせよ、政府も期限内に一定の結果を示さざるを得ず、「帰還」はある程度促進されるだろう。
しかし、現実には「帰還」=「再定住開始」は段階的なステップである。そして、この帰還ステップについて、政府がブループリントさえも明らかにしていないことが問題である。
20万人を超す住民が一気に帰還しても再定住支援は不可能であるため、通常は彼らの居住地にトランジッション・キャンプを設営し、ニーズに一つひとつ対応していきながら段階的な帰還を実施するのが定型である。
本来であれば、早期に各地に小規模なトランジション・キャンプが設営され、地域住民が一定の社会サービスを受けられると同時に、キャンプにいながらにして生産活動を開始できることが望ましい。
一方で地雷除去が進まない住民のためには、現在のワウニアの避難キャンプ群の形態を「強制収容」から「任意滞在」に変えて対応する。これによって十分な支援、キャンプ内の生活状況の改善が期待できる。
その場合、一部の住民は帰還が可能になるまで他地域の親戚縁者を頼った生活に移行するだろう。根本的な問題解決ではないが、これも一時的な受け皿にはなり得る。
基幹インフラは別として、住民不在のまま地域の開発計画を進めることの問題も指摘される。本格的な村の復興のタイミングは、住民の帰還が進み、生活の基盤が確立される時期との調整が必要である。
このようなプランの実行計画、支援団体からの協力取付が必要になっている。
■住民帰還における3つの特別問題
上記の基本計画に加え、住民の帰還に際しては解決すべき3つの特別な問題がある。
「ムスリムの北部帰還」、「軍の高度警戒地域(HSZ:High Security Zone)の撤廃」、「インドにいるタミル難民」の問題である。
LTTEの強制退去命令によって、北部に居住していた7万5千人のムスリムは1990年までに避難民となり、プッタラム、アヌラーダプラ方面に移動。現在も同地域には4万6千人のムスリム避難民居住区がある。
これらムスリムの権利を最終的にどう保障(補償)するのかは、今後のムスリム勢力との協力関係や、北部での政治基盤を考慮する上で重要な課題であるが、政府はこの件に関して沈黙を保っている。
また、ジャフナのパラリ空港付近に多く見られるHSZは、その後も北部各地に設置されている模様で、今回の北部制圧後、今後の治安維持のために新たに設置されたHSZもある。これらの地域の住民は居場所を失ったままだ。
HSZの撤廃は2002年からの和平交渉でもLTTE側から強い要求事項として示されていたが、政府は「LTTEの武装解除」が条件として突っぱねてきた。LTTEを殲滅した今、政府はどのような言い訳でHSZの存続を図るつもりなのか、北部支援を行う国際社会も注目せざるを得ない。
インドのタミルナドゥ州にいる約10万人のスリランカ・タミル難民。7万人がキャンプに、3万人が同州に滞在。東部州のタミルが主だが、マナーなどからの北部住民も多く含まれる。
彼らの帰還時期や帰還後の支援のあり方についてはインド政府との調整、国内の避難民の帰還計画との整合性が求められる。
タミルナドゥ州では、スリランカ政府の北部支援に対する不信感から、タミル難民にインドの市民権を与えて保護するべきとの意見もある。
帰還シナリオの中で、これらに対する基本方針が示される必要がある。
■キャンプ生活の日常はどのようなものか?
「Association of Tamils of Sri Lanka in the USA」のレポートが詳しく伝えている。
http://www.sangam.org/2009/10/Menik_Farm.php?uid=3697&print=true
(パート2に続く)
2009-09-17
【スリランカ動向ニュース】 ビコーズ インスチチュート 2009 9/17
◇◆◇◆◇◆ 動向解説「苛立ちの周辺」 ◇◆◇◆◇◆
政府軍がLTTE部隊を完全制圧してから4ヶ月あまり。最近のいくつかの動きをとりあげる。
■コホナ外務次官の国連大使就任とEUの関税措置
オーストリア官吏としての経歴もあるパリサ・コホナ外務次官がスリランカの国連大使に就任する。
同氏が米国赴任にあたって英国の入国ビザも申請したところ、コロンボの英国在外窓口でビザ発給を拒まれるというハプニングが起きた。スリランカ外務省によれば、「コホナ氏本人が出頭せよ」という先方窓口の対応であったという。窓口の説得を試みたが対応は変わらず、この影響でコホナ氏は渡米が1日遅れることになった。
この件で、スリランカと英国の対立の火種が増えるかと思われたが、ロヒタ・ボゴラガマ外務大臣はビザ発給問題の事実関係を否定するなどソフト路線をとり、火消しにまわった。
現在、EUがスリランカ製品に対する関税譲許特恵である「一般特恵関税制度(GSP+)」の延長の検討をしている。先日、「労働、人権」条項侵害に関する調査団が「人権問題の状況から判断してEUは同措置を延長するべきではない」と勧告したばかりで、最終結果が今年中に出される予定。いまのところEUは特恵関税措置撤回の方針と言われるが、現時点でだめ押しとなる対立関係を作るべきではないというスリランカ側の判断だろう。
「EUがだめならアジアがあるさ……」とコホナ氏も述べるなど、表面上は強気なスリランカだが、7200品目にわたる輸入税の撤廃は大きな痛手である。
国連勤務経験も長いコホナ氏の国連大使就任は、中国、ロシア、イラン、リビアといった新しい同盟国との関係をバックに、国連での積極的な攻めを展開するために必要な布陣と考えられる。
EUが上記の決定をくだした場合、コホナ氏のみならず、「頑迷」な西欧諸国に対するスリランカ政府の「苛立ち」は高まるであろう。
■国連特使派遣
国連も「苛立ち」を隠せない。
国連のパスコエ政治特別補佐官が16日からスリランカを訪問。政府首脳との会談やバウニアの避難民キャンプ訪問が予定されている。この時期に国連事務次長レベルが派遣されるのは、2つの理由がある。
同氏の訪問は5月の潘基文事務総長に同行して以来。その際に政府側が約束した避難民の早期帰還、民族融和策の推進に一向に進展が見られないことからフォローアップという任務が同氏に与えられた。
スリランカ側は自ら同補佐官の来訪を提案したという説明であるが、国連側にはスリランカ問題に対する積極姿勢を見せたい事情もある。
8月下旬、「潘事務総長は存在感がない」とするノルウェー国連大使の秘密文書が報道されて物議を醸した。ミャンマー政府との交渉経緯を「傍観者にとどまった」と批判し、日常活動でも「癇癪の連続でカリスマ性もない」と容赦ない内容であった。
同様に、スリランカに対する事務総長の対応についても国際社会から疑問の声があがっている。「紛争終結直後に事務総長がスリランカを訪問するというタイミングは、政府の軍事的な勝利を内外にアピールしただけ」、「スリランカ政府に対する事務総長の姿勢は弱気であり、怠慢以外の何ものでもない」。
これらの事情からも国連としてはスリランカ政府に変化を求め、「存在感」を示す必要がある。
また、9月上旬、ジェームズ・エルダー現地ユニセフ事務所のスポークスマンの滞在ビザ延長が認められず、同氏は21日までに出国することが求められた。実質的な国外追放措置とみなされている。
エルダー氏は北部での紛争が激化していく際、政府軍に追い詰められた市民や多くの子どもたちが死傷していると述べた他、避難民キャンプの惨状にも批判的発言を行ったとされ、政府側はLTTEのプロパガンダを担っていると批判していた。
ほとんどの国連職員や国際社会関係者が「スリランカでの活動継続のため」という理由で政府批判を控えている中、「国連職員の真の役割を果たした」と彼の行動を賞賛する向きもあるが、政府はスケープゴートとして断固とした対応をするとみられる。
エルダー氏問題に加え、バウニアの避難民キャンプには国連現地人スタッフも複数収容されており、パスコエ政治特別補佐官はこれらについても政府側の見解を正し、譲歩を求めるものとみられる。
■8月31日、タミル人ジャーナリストのティッサナーヤガム(ティサイナガヤムとも)氏に20年の重労働懲役刑が言い渡された。判決に対し、米政府や人権団体、一部の英米紙は「政治色の強い誤った判決だ」と強く批判した。
オバマ大統領は本年5月1日の「世界報道の自由の日」に米ホワイトハウスを通して声明文を公表。この中で同大統領は「世界中で、ジャーナリストが投獄され、あるいはハラスメントを受けている」として、中国の師濤氏などに加え、ティッサナーヤガム氏の名をあげた。
北部戦線における一般市民の惨状を訴えた同氏の記事がLTTEを支持するものであるという容疑で2008年3月にテロ規制法違反容疑で身柄を拘束された同氏だが、北部での紛争が最終局面を迎える前に政府がメディアに対して打った「警告」の駒であったことは言うまでもない。
8月31日の判決の後、手錠を掛けられたまま裁判所から出てきた同氏は、支援者達の顔ぶれを見て一瞬笑みを浮かべた後、すぐに無表情のまま移送バスに乗り込んだ。
同日、狙い撃ちするようにティッサナーヤガム氏の「第1回ピーター・マックラー賞」受賞が発表された。
同賞は、報道の自由が保障されない国で活動するジャーナリストを表彰するために新設されたもので、「国境なき記者団(Reporters Without Borders)」が運営している。
10月2日には、ワシントンポスト紙編集主幹のマーカス・ブロクリ氏をスピーカーに迎えて米国で受賞記念セレモニーが行われる。
会場では、関係者が思いを形にしたことを喜ぶとともに、「無表情」に戻ったティッサナーヤガム氏の「苛立ち」のメッセージを受け止めようとするだろう。
■9月上旬、英国の外務連邦省はスリランカに関する渡航情報を更新。その中で、テロの危険が「高い」から「一般レベル」に緩和された。
同時期、インドのナラヤナン国家安全保障顧問は、「LTTEの資金の流れは以前存在し、海外のタミル人の資金的な支援が再武装を促進する可能性は否めない」と述べた。
この二面性が現状のスリランカの治安情勢であろう。
表面的には治安面での改善が著しいが、地下水脈としての反政府闘争の流れが完全に断たれたわけではない。スリランカ政府の態度に不信感を持つグループが資金に物を言わせてなんらかの事件を引き起こすことは十分考えられる。
彼らもまた「苛立ち」をふくらませているはずだ。注意深い観察が必要である。
■「チャンネル4」問題
「政府軍の制服を着た兵士が、後ろ手に縛られて目隠しをされた裸の男達を次々と射殺していく……」
8月後半、そのようなショッキングなビデオシーンが英国のチャンネル4で流され、スリランカ政府は法的措置をとる意向も示して反発した。
時期は今年1月頃で、殺されているのはLTTE兵士かタミル人一般市民という見立てだが、内外からも「出所もあきらかでないような情報を流すことはメディアとしての責任を放棄している」という批判の声があがった。
戦争犯罪としての「証拠」としての価値は低く、政府側が言うようにLTTE側の工作であった可能性も完全には否定できない。
この一件が多少なりとも価値を持ったとすれば、スリランカに関心を持つ関係者が改めて「苛立ち」を共有したことであろう。紛争終結から4ヶ月たって、何も変わらずに時が動いている。「やはり」何も明らかにならず、闇の中に消えていく紛争現場での「真実」、本格的雨期を迎えようとしているのに帰還が進まず環境改善もなされない避難民キャンプ、民族融和のかけ声だけで具体的施策に欠けるラージャパクシャ政権の動き、紛争終結後も続くメディアへの圧力……。
そのような「苛立ち」のはけ口としてこの出所不明のビデオが取りざたされたのかもしれない。
一方、2008年2月にスリランカ北部を訪問し、紛争激化に伴って住民と運命をともにしたタミル系英国人女性の話が英国メディアで取り上げられている。
こちらは砲撃が続く戦火の中を住民とともに移動し、負傷者に対する医療行為を手伝っていた人物の「証言」である。英国政府の粘り強い交渉とメディアの圧力によって、先日ようやく解放された。
北部で目にしたこと、そして避難民キャンプに移送されて過ごした数ヶ月のこと……、その間の、そして今も続く「苛立ち」が冷静に語られていて興味深い。
<記事のURL>
http://www.guardian.co.uk/world/2009/sep/15/sri-lanka-war-on-tamil-tigers
あるいは
http://www.youtube.com/watch?v=CKUgoki_mmk
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